漢方掲載記事−昌平クリニック院長・鍋谷欣市−

以下は健康雑誌「安心」1997年5月号(マキノ出版/マイヘルス社)に掲載された記事です。

   【東洋医学ガイド13】
慢性膵炎の症状を取るだけでなく膵臓の働きも高める東洋医学療法

膵臓の組織がこわれ固くなる病気
  膵臓は、胃の裏側に位置する横に細長い臓器です。ちょうどタラコのような形をしており、右側を頭部、中央を体部、左側を尾部と呼びます。頭部は十二指腸に接しており、膵臓から分泌される膵液は、肝臓から分泌される胆汁とここで合流して、十二指腸へ送り込まれます。
  この膵液は体にとって非常に重要な役割を果たしています。膵液の中にはたんぱく質、でんぷん、脂肪を分解する酵素が多く含まれており、胃液で酸性に傾いた消化途中の食物を中和し、酵素が働きやすい環境を作り出すのです。
  また、膵臓内のランゲルハンス島と呼ばれる細胞群からは、血糖値(血液中のブドウ糖の濃度)を下降させるインスリンなどのホルモンも分泌されています。ふだんは意識されることの少ない臓器ですが、人間の体が正常に機能するために、重要な役割を果たしているのです。
  この膵臓に炎症が起こった病気のことを膵炎といいます。
  膵炎には急性と慢性の2種類があり、急性重症膵炎は、難病指定を受けている重病です。膵臓の組織の酵素が、なんらかの原因で活性化され、体内に送り込まれた食物ではなく、膵臓の組織を消化してしまう現象(自己消化)のため、出血、浮腫(むくみ)、壊死(体内の組織や細胞が局部的に死ぬこと)が起こって、ときには命にもかかわってきます。一刻も早く絶食して膵臓を休ませ、薬や栄養剤などを点滴する現代医学的治療が必要となります。
  これに対して慢性膵炎は、膵臓の組織が破壊・脱落して固くなってくる(繊維化)病気です。当然、膵臓の機能は低下し、消化不良やインスリン不足による糖尿病が起こってきます。
  最も顕著な症状は上腹部の痛みですが、私がいままで診てきたところでは、みずおちからやや左側に痛みを訴える人が多いようです。
  慢性膵炎の原因としては、飲酒や美食、過労などがあげられますが、原因不明の場合もあり、一概には断定できません。また、胆石を持った人に起こりやすいといったデータもありますし、膵臓の中に結石ができることもあります。
  慢性膵炎であると特定するためには、血液中のアミラーゼやリパーゼといった酵素の量を測るほか、超音波検査やCTスキャン(断層写真装置)による画像診断が有効です。もっと確実な診断を得たいときには、膵臓に内視鏡(体内を直接見る医療用器械)を入れて検査する場合もあります。
  痛みがあるときの慢性膵炎の治療は、急性膵炎と同様です。痛みがなくなったら、飲酒や過労をさけ、脂肪をとりすぎないといった日常生活の注意を守って、痛みの再発と病気の進行を抑えることに努めます。
  状態によっては1日の脂肪の摂取量が10グラム以下に制限されることもありますが、これがずっと続くわけではないので、日常生活の注意をきちんと守ることが肝心です。
  しかし、そうはいっても一般的な社会生活を送る人に長期間、疲れないように、美食をしないようにというのは困難でしょう。仕事をしていれば精力的に働かなくてはならない場合もあるし、まるっきり接待の席に出ない、あるいは出ても自分だけ飲まず食わずというわけにはいかないからです。

生活の質を落とさず病気を治す
  私が慢性膵炎に東洋医学療法をすすめるのには2つのわけがあります。1つは、この社会的生活の質を最小限にしか落とさずにすむというのが理由です。
  もう1つは、漢方薬による治療は、症状を取ると同時に膵臓の働きを補う積極的な療法であるからです。
  現代医学の治療法は、脂肪やカロリーの摂取量をへらして膵臓を休ませ、病気の進行が止まるのを期待するものです。消化酵素やビタミン剤を飲めば、消化活動や栄養素的に支障はないでしょうが、、膵臓自体を強化する役には立ちません。
  実際、しばしば痛みの再発がある場合も少なくないので、現在、慢性膵炎の治療中だが体調が思わしくない、痛みの再発に悩まされているという人は、漢方薬を試してはいかがでしょうか。
  東洋医学では、慢性膵炎の治療に生薬(漢方薬の原材料)の1つである柴胡の入った薬(柴胡剤)を用います。たとえば、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)四逆散(しぎゃくさん)などです。太っておなかのはったタイプの男性には、大柴胡湯(だいさいことう)を処方する場合もあります。
  また、温和な作用を持った胃腸薬として六君子湯(りっくんしとう)四君子湯(しくんしとう)を使うこともあります。こちらは、みずおち部分にピチャピチャと振水音がするような、水分代謝の悪いタイプに向きます。
  また、食欲不振の改善には、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)黄連湯(おうれんとう)が向きます。
  いずれの漢方薬も食事療法と同時に長期間服用することができるので、食欲が出て体力がつき、体調もよいと、多くの患者さんに好評です。

5ヵ月で食事制限を緩和できた
  61歳の女性Tさんは、別の病院で慢性膵炎と診断され、1年以上前から1日に摂取する脂肪は10グラム以下、たんぱく質は60グラム以下という食事制限を続けていましたが、体力が落ちてフラフラするといって当クリニックを訪れました。
  食欲もなく、食後や外出時はみずおちが痛むそうです。さらに、歯茎の腫れ、口内炎、不眠の症状もあるとのことでした。おなかはゴロゴロと鳴り、みずおちには抵抗感があります。
  そこで、半夏瀉心湯を1ヵ月、次に補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を1ヵ月飲んでもらいました。その結果、食欲は戻り、52キロだった体重は2キロふえて54キロになりました。歯茎の腫れなども引いて元気になり、体を動かす意欲もわいてきたというので、さらに3ヵ月ほど補中益気湯を飲んでもらったところ、体重はさらに1キロふえました。
  そして、それと同時に、定期的に通って検査を受けていた病院のほうからも、膵臓の状態がよいので食事制限をゆるめてもよろしいと許可が出たのです。
  Tさんには、その後も六君子湯茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)などを処方し、良好な結果を得ています。体調の改善とともに膵臓の病変も止まった好例といえるでしょう。
  慢性膵炎は、食事や生活のコントロールが重要な病気です。医師から指示された脂肪とたんぱく質の摂取量を守り、飲酒をさけ、疲れない程度の運動量を保つよう心がけてください。とはいっても、忙しい人ほど不節制をしがちです。そんなときは、漢方薬という強力な助っ人を頼むのもよい方法です。
  なお、過去には、膵臓ガンと間違われかけた慢性膵炎の患者さんもいました。きちんと画像診断してもらって、病気を鑑別することも大切です。


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