漢方掲載記事−昌平クリニック院長・鍋谷欣市−

以下は健康雑誌「安心」1997年9月号(マキノ出版/マイヘルス社)に掲載された記事です。

   【東洋医学ガイド17】
不眠症をミネラル豊富な鉱物を配合した漢方薬でみごとに治す東洋医学療法

睡眠は健康の絶対条件
  多くの人にとって、忙しい1日が終わり、休息のために寝床に身を横たえるのは至福の瞬間といえるでしょう。一晩ぐっすり眠ると、心身ともにリフレッシュされ、再び新しい1日に向かっていく気力がわいてきます。逆に、なかなか寝つけなかったり、眠りが浅かったりした状態で朝を迎えると、なんとも不快な気分になり、疲れも抜けません。
  実際、ネズミを3つのグループに分け、A群には飲み水以外にまったくエサを与えない、B群には適量のエサを与える、C群には食べたいだけエサを与えるが眠らせないとして、どれが最も早死にするか実験してみたところ、C―A―Bの順でした。
  眠らせてもらえなかったネズミは、まったくエサを食べられなかったネズミより早く死んだのです。このことからもわかるように睡眠は、人が生きていくうえで欠かせない絶対条件といえるでしょう。
  そこで問題になってくるのが不眠症です。不眠には大きく分けて、眠ろうとしても眠れないタイプ(入眠障害)と、眠れるが途中で起きたり、眠りが浅かったりで、熟睡できないタイプ(熟眠障害)とがあります。
  原因は多岐にわたりますが、(1)痛み、かゆみ、頻尿(頻繁に排尿したくなること)などの肉体的な苦痛、(2)ストレスや心配ごとなどの精神的なもの、(3)騒音や温湿度、不規則な夜間勤務などの環境要因、(4)アルコールや薬の副作用、(5)加齢によるもの、などがあげられます。
  また、実際はきちんと眠っているのに、本人が眠れていないと思い込んで不眠を訴えるケースも意外に多くあります。

神経の興奮を鎮め気血水を整える
  現代西洋医学では、不眠症の治療に、主として睡眠薬を用います。寝つけないのか、熟眠できないのかなど、不眠のタイプによって薬を使い分け、量もきちんとコントロールしますが、それでも神経に作用して眠らせる薬ですから、少なからず体によくない影響はあります。
  また、睡眠薬には習慣性があります。長期間の常用はさけ、医師に指導された服薬回数や量を守ることが大切です。
  不眠症に対して、神経系の興奮を鎮めて治療を行うのは、東洋医学でも同じです。異なるのは、それに加えて気(一種の生命エネルギー)、血(血液)、水(体液)のバランスをも同時に整えようと考える点です。
  また、前述したように、不眠症には精神的な要因がからんでいることもありますし、患者の多くは、漢方処方においてでさえ「強制的に人を眠らせる薬」に対して不安な思いを抱いているものです。だからこそ、患者の訴えをよく聞いて、疑問や質問には懇切ていねいに答え、医師と患者との間に信頼関係を築くことを重要視します。
  さて、不眠症によく用いられる漢方薬には、おもしろい特徴があります。生薬(漢方薬の原材料)の主体は植物ですが、不眠症の人に処方される漢方薬には竜骨(古代哺乳動物の化石)、朱砂(水銀化合物)などの鉱物が配合されているのです。
  ほかに磁石琥珀紫石英、動物性のものでは真珠も使われます。炭酸カルシウムを始めとするミネラル類が、眠りに関して重要な役割を果たすことを、先人は経験的に知っていたのでしょう。
  不眠に用いる代表的な漢方薬には、酸棗仁湯(さんそうにんとう) があります。サネブトナツメの種子をメインに、知母(ハナスゲの根茎)、川芹(マルバトウキの根茎)、茯苓(マツホドの菌核の外皮)、甘草(カンゾウの根)を組み合わせたものです。胃が弱く体力のない人に用いても安心で、いつの間にか薬なしでも眠れるようになるという、頼もしい漢方薬です。
  夜になると葉が閉じ、まるで眠っているように見えるネムノキも、不眠症に効く生薬として古くから使われており、合歓湯(ごうかんとう)という心にくい処方もあります。
  ほかにも、体力のある人向けに、大柴胡湯(だいさいことう)柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)黄連解毒湯(おうれんげどくとう) 三物黄ごん湯(さんもつおうごんとう)などが使われます。
  一方、体力のない人向けとしては、帰脾湯(きひとう)加味帰脾湯(かみきひとう)竹茹温胆湯(ちくじょううんたんとう)加味逍遥散(かみしょうようさん)抑肝散(よくかんさん)桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)人参湯(にんじんとう)甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)など、さまざまな漢方薬が使われていますが、いずれの場合も体質に合わせた微妙な選択が必要になります。

生活のリズムを作り過度の運動はさけよ
  それでは、具体的な症例をみていきましょう。
  53歳の主婦・Yさんは、子宮ガンの手術をして6年。再発の不安からも解放され、心おきなく眠れるようになったはずなのに、逆に不眠に悩まされるようになってしまいました。
  血圧は低く、頭が重いという訴えもありました。診察すると、みずおちには動悸があり、胃部からはポチャポチャと振水音が聞かれ、下腹部は軟弱でした。
  そこで、加味逍遥散牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)で体力の回復をはかったあと、酸棗仁湯六君子湯(りっくんしとう) を処方したところ、2ヵ月ほどでぐっすり眠れるようになりました。さらに、食欲も出て、顔色もよくなりました。
  52歳の会社員・Tさんは、病院でもらう睡眠薬を飲んでも眠れないとのことでした。手足が冷えるというので、体を温める真武湯(しんぶとう)とともに酸棗仁湯を処方したところ、3ヵ月ほどでかなり眠れるようになりました。そのまま半年ほど同じ処方を続けていますが、昨年のいまごろに比べて格段によく眠れるようになった、と喜んでいます。
  不眠症の解消には、眠れなくても決まった時間に床につき、眠くても朝きちんと起きて、意識的に生活のリズムを作ることも大切です。また、疲れれば眠れるだろうと過度な運動をしたり、労働にやたらと精を出す人もいますが、疲れすぎるとかえって眠れないこともあります。ほどほどにしましょう。
  また、ストレスはなくそうと思ってなくせるものではありませんが、小さな悩みや心配事を1つずつでも解決していくと、心が晴れるものです。
  そして、社会の一員として周囲との人間関係を大事にしながら、たとえささやかでもよいからなにか一つ、満足感を味わえるような行動や行為をして、床についたときに、今日も1日楽しかったなと思い起こすと、快い眠りに入っていけます。ちなみに、これは私自身の健康法でもあります。
  なお、十分な睡眠時間というのは、人によりさまざまです。一般に8時間睡眠がよいといわれていますが、それにとらわれる必要はありません。5時間でも6時間でもよし、たとえ4時間しか眠らなくても元気に活躍している人は、世間にたくさん存在しています。


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