漢方掲載記事−昌平クリニック院長・鍋谷欣市−

以下は健康雑誌「安心」1998年12月号(マキノ出版/マイヘルス社)に掲載された記事です。

   【東洋医学ガイド32】
もみじ 慢性胃炎のもたれ吐きけ痛みを取り胃の粘膜を強化する東洋医学療法

もみじ 胃の粘膜の炎症と萎縮が原因
  慢性胃炎とは、長期にわたって胃の粘膜の炎症または萎縮があり、胃の機能が衰えてくる状態をいいます。慢性胃炎には2つのタイプがあり、それぞれ胃の粘膜の状態や症状、治療法が違います。
  慢性胃炎のタイプの1つは、表層性胃炎といい、胃の粘膜の炎症性変化、すなわち充血やびらん(ただれ)を伴います。胃酸(胃液)の分泌が亢進して、空腹時に胃が痛んだり、胸やけがしたりなど、胃酸過多を示す症状が中心となります。若年者に多く、暴飲暴食で再発する、胃潰瘍になりやすい、といった特徴があります。治療は、胃酸の分泌を抑制する制酸薬の服用が中心となります。
  慢性胃炎のもう1つのタイプは、萎縮性胃炎といいます。老化や食生活などのために胃の粘膜にある胃腺が萎縮して胃酸の分泌が低下し、胃壁が弾力性を失って、機能の低下が起こるものです。症状は食欲がない、食後に胃がもたれる、おなかがはるといった胃酸減少の症状が多く見られます。こちらは高齢者に多く、胃ガンになりやすいともいわれています。治療は胃の機能を改善する薬や消化をよくする薬、胃の粘膜を保護する薬などが用いられます。
  このほかにストレス性の胃炎などもあり、これに対しては精神安定剤が処方されることもあります。
  慢性胃炎はたいへんポピュラーな病気でありながら、いまだにハッキリ定義されていない部分も少なくありません。
  たとえば、内視鏡(体内を直接見る医療用器械)を使った検査でまったく異常のない場合でも、上腹部や胸やけなどを訴える人がいます。これは、欧米ではNUD(non ulcerdyspepsia)と呼ばれ、潰瘍はないが、上腹部の不定愁訴(さまざまな不快症状)がある症例とされています。NUDと慢性胃炎はイコールではありませんが、日本ではNUDを慢性胃炎と診断することもあります。
  また、近年の話題として、ヘリコバクター・ピロリ(以下ピロリ菌と略)と呼ばれる細菌と胃疾患との関係があります。一時、胃潰瘍も胃ガンもすべてピロリ菌が犯人であるようないわれ方をしていましたが、実際にはピロリ菌に感染すると表層性胃炎になりやすく、胃にピロリ菌がいると、かなりの高率でこれが萎縮性の慢性胃炎に移行しやすいのです。そして、そのなかの少数には胃ガンも発生する、というくらいのことしかわかっていません。
  ピロリ菌と胃疾患の関係については、今後の研究の成果を待つ必要がありますが、胃のトラブルが萎縮性の慢性胃炎に移行するのを防ぐには、除菌も有効な対策の1つであるとはいえそうです。ただし、ピロリ菌の除菌は、平成10年現在、健康保険の対象とはなっていません。

もみじ 胃の症状によって漢方薬を使い分ける
  それでは、東洋医学では、このようにとらえにくく、また治りにくい病気である慢性胃炎と、どのように取り組んできたのでしょうか。実は胃腸病は、東洋医学が最も治療を得意とする分野の1つです。
  一般的に、表層性胃炎は若年者で実証(体力がありすぎるタイプ)の人に多く、萎縮性胃炎は高齢者で虚証(体力がないタイプ)の人に多く見られます。
  治療薬も、表層性、萎縮性からストレスによるものまで、数多くそろっています。
  やや高齢者向きで、表層性、萎縮性のいずれの慢性胃炎にもよく使われるのは、六君子湯(りっくんしとう)です。胃のつかえ、もたれ、食欲不振などがあって、心下部振水音(みずおちでポチャポチャいう音)がある人に対して第一選択となる漢方薬です。
  ゲップや吐きけのように、胃の中のものが上がってくるような症状があり、みずおちにつかえがあれば、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)が適しています。また、空腹時の痛みや胸やけがあるようなら柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)、体が弱く、みずおちが痛むような人には安中散(あんちゅうさん)、さらにこれに下痢が加わると人参湯(にんじんとう)を使います。

もみじ 胃の不快感が取れ食欲が戻った

  それでは、漢方薬で慢性胃炎がよくなった症例を見てみましょう。
  60歳の女性I・Sさんは、8年前に胆石の手術を受けてから胃腸の調子が悪く、検査の結果、慢性萎縮性胃炎および胃腸神経症と診断されました。それ以来、治療を続けても、胃のもたれ、腹痛、下痢、むかつきなどが治らず、とうとう食欲が落ちてやせてきたため(身長144センチで体重39キロ)2年前に東洋医学を頼ってきたのです。
  診察すると、下腹部がフニャフニャと力なく、みずおちのつかえと心下部振水音があります。そこで、六君子湯を3ヵ月ほど飲んでもらうと、胃のもたれなどの症状が軽減し、食欲も出てきました。ここに補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を加え、さらに3ヵ月飲んでもらうと、胃腸の調子はすっかりよくなり、体重も43キロまでふえました。そのあと迎えた正月には、おせち料理をおいしく食べることができたそうです。
  75歳の男性T・Sさんは、50歳で胃潰瘍になってからというもの、胃の薬をしばしば用いていました。しかし、朝起きたときに胃に不快感があり、口の渇きを感じるようになったと、漢方薬による治療を希望してきたのです。T・Sさんには胃の振水音のほか、みずおちのつっぱり、お血(血液のとどこおり)を示すヘソ周囲の圧痛(押したときに感じる痛み)と臍下不仁(下腹部の軟弱)がありました。
  そこで、六君子湯に血液の循環をよくする柴胡(ミシマサイコの根)と、芍薬(シャクヤクの根)を加えた柴芍六君湯(さいしゃくりっくんしとう)八味地黄丸(はちみじおうがん)を飲んでもらったところ、やはり、3ヵ月ほどで不快症状が消えました。T・Sさんは柴芍六君湯が気に入ったようで、それから1年近く飲み続けました。また、抗生物質や前立腺肥大症の薬を飲んで胃を悪くしたときも、柴芍六君湯で回復しました。
  慢性胃炎では、自分の胃炎のタイプに合った薬を選ぶこととともに、消化によいものをよくかんで食べることなどが大切になります。胃の状態が悪くなると、地図状舌(舌の表面についた苔が地図のように一部はげた状態)になることがあります。これに気づいたら、刺激物や消化に悪い食品をとらないようにし、胃の検査を受けるとよいでしょう。


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必ず専門の医師にご相談ください。

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