女性のための漢方ノート

以下は健康雑誌「ゆほびか」2003年10月号(マキノ出版/マイヘルス社)に掲載された記事です。


不眠症 - 連載第6回 -

体・心・環境の3つの原因がある
  私たちは、日が昇ると起きて活動し、日が沈むと活動をやめて眠りにつきます。1日24時間のサイクルで私たちの体は巡っています。そのサイクルの一部が睡眠で、そのリズムに異常が起きたものが不眠です。
  東洋医学では、睡眠と活動は陰陽の巡りととらえます。昼間の活動が陽、睡眠が陰で、働くための活力を蓄える行為が睡眠です。
  睡眠の目的や効用は、体を回復させることにあります。睡眠中は体の機能は低下しますが、完全に休んでいるわけではありません。
  ラット(実験用の大型ネズミ)を使った興味深い実験があります。
  (1)の群にはエサを好きなだけ食べさせるが眠らせない、(2)の群は適当にエサを与え、適当に眠らせました。
  この2つの群を比較すると、圧倒的に(2)の群が長生きしました。この実験結果からも、睡眠は生きていくうえで絶対不可欠のものです。
  不眠には、いくつかのタイプがあります。
  1つめは、寝つきが悪い入眠障害(就眠障害)です。寝つければ、よく眠れるという人が大半です。
  2つめが、眠れるけれど、熟睡できず、夜中に目が覚めるという熟眠障害です。
  3つめが、ぐっすり眠れるけれど早朝に目が覚め、その後は眠れないという早朝覚醒です。
  では、なぜ、不眠になるのでしょうか。原因は3つに分けられます。
  1つは、肉体的、身体的原因です。たとえば、体のかゆみ、痛み、セキ、頻尿などです。
  2つめは、心因性の不眠です。精神的ストレスがある、うつ病や神経症にかかっているなどで、眠りが妨げられることがあります。
  3つめが、環境によって起こる不眠です。うるさい、明るい、暑い、寒いなどによっても睡眠がじゃまされます。
  そのほか、薬の副作用や飲酒も不眠の原因になりますし、老化によっても眠りにくくなります。旅行に行くと眠れないのは、環境が変わったことが原因ですが、心(不安など)も影響しています。

不眠は虚証の人に多く見られる
  不眠の解消には、先述のような、身体的・精神的・環境的な原因を取り除くことが求められます。
  とはいえ、必ずしもそれらの原因が取り除けるとは限りません。
  漢方では、心や体は、気(き・人体エネルギー)・血(けつ・血液)・水(すい・水分)が支配していると考えます。
  健康は、気・血・水が順調に巡ることによって保たれます。気は心に入り、血・水の調和は身体に通じます。この3つのバランスがくずれた状態が不眠です。
  漢方は証(自覚症状、他覚症状、体質などをまとめた漢方的診断)によって診断しますが、よく眠れる人は一般的に実証(気・血・水が充実している状態)です。
  一方、不眠は虚証(気・血・水が不足している状態)の人に多く、隣の人のいびきが気になって眠れないなど、環境に左右されやすい人の大半は虚証です。
  実証と虚証の簡単な見分け方の一つに、汗をかきやすいかどうかがあります。一見、気・血・水の充実した実証の人のほうが汗をかきやすいように思えますが、実は、圧倒的に虚証の人のほうが汗かきです。証の判断の際、参考にされるとよいでしょう。
  証によって、用いる漢方薬も多少違ってきます。実証の人には、柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)などをよく使います。実証から中間証(実証と虚証の中間の状態)の人には黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を用います。
  また、中間証から虚証の人に用いられるものに、加味逍遥散(かみしょうようさん)があります。特に、冷えのぼせがある更年期の女性の不眠によく効きます。
  虚証の人によく用いられる代表的な漢方薬が酸棗仁湯(さんそうにんとう)加味帰脾湯(かみきひとう)などです。普通のナツメよりも核(種)が大きいサネブトナツメ(酸棗仁)を配合しているのが特徴です。
  ほかに、虚証でセキが出てよく眠れないという人には、竹茹温胆湯(ちくじょうんたんとう)を使用します。これは不安症の漢方薬で、痴呆症にも用います。虚証でイライラして眠れない・下痢がある場合は、甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)が適しています。
  興味深いことですが、不眠症には、竜骨牡蠣琥珀真珠石英などの鉱物質の生薬(漢方薬の原材料)がよく使われます。植物系の生薬では、酸棗仁のほか、合歓(ネムノキ)、遠志(おんじ)なども用いられます。

隣人と折り合いが悪く不眠になった女性
  56歳の女性は、なかなか寝つけないし熟睡もできないうえ、朝早く目が覚め、睡眠時間は4時間程度でした。高血圧で、動悸もあると訴えていました。
  家の隣の人と折り合いが悪く、そのことも不眠や血圧に影響しているようでした。
  診断をすると、おなかにお血(おけつ・血液が滞った状態)が認められました。胸や脇腹が張って苦しく、息詰まるように感じることもあるそうです。
  典型的な虚証で、先述の酸棗仁湯桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)を処方しました。桂枝加竜骨牡蠣湯は漢方の精神安定剤で、不安不眠症に用います。
  この2つの漢方薬の服用を続けたところ、2〜3ヵ月で不眠がだいぶ改善してきて、ハイキングに出かけられるまで元気になってきました。
  しかし、それでもまだ精神的に不安定で、血圧が高い状態でした。
  そこで、血圧を下げる漢方薬の釣藤散(ちょうとうさん)を処方し、様子を見ましたが、それでも血圧が変動します。冷えのぼせがあるときは加味逍遥散を、セキがあるときには竹茹温胆湯を投与しました。
  こうして約3年がたち、最近ようやく血圧が安定してきました。精神的にも落ち着いています。
  この患者さんは、早い段階で不眠はかなり改善されましたが、精神的な不安定が続き、血圧も変動し、そのことが睡眠に影響していました。それが隣人との折り合いがよくなったことも幸いし、最近は精神的に安定しているようです。
  不眠は環境因子が影響し、それが心に作用している場合がよくあります。まず環境を整え、そのうえで漢方薬を服用すると効果的です。




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