漢方掲載記事−昌平クリニック院長・鍋谷欣市−

精神を安らかにし自然な眠りを誘う「睡眠の聖なる薬」と呼ばれるこの漢方薬

以下は健康雑誌「壮快」2003年9月号(マキノ出版/マイヘルス社)別冊付録に掲載された記事です


2000年前から使われた睡眠薬
  物事の有り難みは、失って初めてわかるといわれますが、眠りに関しても当てはまるのではないでしょうか。毎晩ぐっすり眠り、気持ちのよい朝を迎えているときは、「よく眠れる」ことの有り難みに気づかず、眠れなくなってやっと、眠りがどんなに大事かを実感するようです。
  特に年齢が上がるにつれて不眠を訴える人がふえますが、ぐっすり眠るにも、実は体力が必要だからなのです。老化によって体力が衰えてくると、なかなか眠れなくなるのはそのためです。こうした老化や体力低下、心身の疲労による不眠によく効く漢方薬が、酸棗仁湯(さんそうにんとう)です。
  この酸棗仁湯については、中国の後漢時代の古典『金匱要略』に、睡眠薬としての効果が記されています。2000年ほど前から、やはり不眠に悩む人がいたのでしょう。
  酸棗仁湯を構成する生薬(漢方薬の原材料)は5種類です。
酸棗仁
(さんそうにん・クロウメモドキ科サネブトナツメの種子を乾燥したもの)、
知母(ちも・ユリ科の多年草ハナスゲの根茎)、
川きゅう
(せんきゅう・セリ科の多年草センキュウの根茎)、
茯苓(ぶくりょう・アカマツまたはクロマツの切り株の周りの土中に生えるサルノコシカケ科のマツホドの菌体の外層を除いたもの)、そして
甘草(かんぞう・マメ科の多年草カンゾウの根) です。
  主薬の酸棗仁の原料、サネブトナツメは、一般に食用とされているナツメの原種です。果実は小ぶりで果肉が少なくて、そのわりに核(種子)が大きく、果肉が甘酸っぱいので、酸棗仁と呼ばれます。精神を安らかにして疲れを取り、眠りを誘う作用があり、滋養強壮効果も備えた精神安定剤です。
  知母もやはり精神を安定させる効果を持ち、熱を冷まし、口の渇きを和らげます。川きゅうは、気(一種の生命エネルギー)のうつを開き、血行を高めて頭痛やのぼせを取り除きます。精神を安定させる作用もあります。
  茯苓川きゅうと作用し合って、気の巡りを高め、尿の出も促します。酸棗仁と合わさると、鎮静作用を強めて、胃腸強化にも働きます。甘草知母と影響し合って、熱を冷まし、乾燥を和らげて、体調を整えます。

安全に使えて習慣性もない
  漢方では、体力のあるなしで薬の処方を変えますが、酸棗仁湯は虚証(体力が衰えていること)に用いられます。つまり、体力が衰え、心身が疲労している人、高齢者で顔色が悪いといった人の不眠に、まず処方されるのです。水の巡りを調整する効果もあるので、寝汗をかいたり、口が渇きぎみの人にも用います。また、感情不安やヒステリー、ノイローゼなど精神症状のあまり強くない人に向いています。
  不眠のタイプにもいろいろあり、寝つきがよくない入眠障害、途中で何度も目が覚める熟眠障害(途中覚醒)、実際は眠っているのに眠っていないと思いこんでいる不眠と、3タイプに分かれます。酸棗仁湯は、特に、なかなか眠れない入眠障害の不眠解消に効果があります。
  酸棗仁湯は、1日3回、朝と夕方、そして寝る前に服用します。西洋医学の睡眠薬とは違い、飲んですぐに眠くなるということはありません。朝と夕方の服用で疲労を取り除き、寝る前の服用で心地よい眠りに入るというわけです。なかには、寝る前1回飲むだけでじゅうぶんな効果を得られる人もいます。
  その反対に、現代医学の睡眠剤のようにすぐに眠れるという期待を抱くと、はっきりした眠気が訪れずに、物足りなさを感じる人もいるかもしれません。特に習慣的に睡眠薬を使用してきた人にとっては、心細いものがあるかもしれません。
  そういった人は、最初は酸棗仁湯と睡眠薬を併用したり、1日交替に使って、少しずつ睡眠薬の使用をへらすなどの工夫をするとよいでしょう。酸棗仁湯は睡眠の聖薬と呼ばれるほどですから、安全に使うことができて、しかも習慣性がなく、効き過ぎる心配もありません。
  現代医学の睡眠剤を飲んでいると、効きすぎて昼間も眠たい嗜眠状態に陥る場合がありますが、そんなときに酸棗仁湯を飲むと、睡眠剤の作用を消して、体を正常に覚醒させる働きもしてくれます。安心して使える酸棗仁湯は、高齢者や病弱な人の不眠の強い味方なのです。

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