「壮快」2005年6月号に掲載された記事より
医学ジャーナリスト丸山寛之の【名医に聞く】」
- 目や腸の難病に劇的な効果を上げている漢方専門クリニック -


  潰瘍性大腸炎や網膜色素変性症などの病気は、現代医学でも治療が難しい。漢方と現代医学の力を融合させて成果を上げてきたのが、今回登場する漢方の名医である。

漢方と現代医学は、本来渾然一体であるべき

  今漢方が新しい。以前は持病のある中高年向きのイメージが強かったが、最近は若い人たちの人気も集めている。が、それだけで「新しい」というのではない。
  21世紀は、治療より予防の時代といわれ、一方では、患者一人ひとりに適した医療をゲノム(全遺伝情報)を利用して提供するオーダーメイド医療が行われ始めてもいる。
  そうした考えは、漢方本来のものであった。病気の発症をあらかじめ止める「未病を治す」というコンセプトは、まさに予防医学そのものだし、漢方は昔から「オーダーメード医療」であった。古くて新しい医学−−−漢方の話を現代医学と漢方の両方を究めた名医にうかがった。


先生は現代医学の外科の教授で、漢方にもご造詣が深いという、独自の医学の分野を拓かれたかたですが、そもそも外科の先生が漢方に関心を持たれた理由は。

鍋谷 いや、順序としては外科よりも漢方のほうが先だったのです。そのきっかけは、昭和23年、医学部1年生の5月に、学内(千葉大学)の講演会で伊東弥恵治先生のお話を聞いたことです。
  伊東先生は、眼科の教授でしたが、西洋医学一辺倒ではいけない、伝統的な経験医学の中にこそ真理があると、インド医学のアーユルヴェーダや漢方の重要性をじゅんじゅんと説かれて、非常な感銘を受けました。で、すぐに東洋医学研究会に入れてもらったのです。
  この研究会には、同じ眼科の藤平健先生や小倉重成先生などがおられて、医師も学生も参加できる自由講座がありました。それが私の漢方入門でした。

では、先生の漢方の恩師は伊東弥恵治先生ですか。

鍋谷 伊東先生にも大きな影響を受けましたが、漢方の恩師といえば、奥田謙蔵先生(戦前からの漢方の大家)です。当時、奥田先生のお宅は、根津八重垣町にありましたが、そこへ藤平先生などといっしょに千葉から通って教えを受けました。
  そのころは、漢方、漢方で、そのままいけば私も眼科に入って、漢方を専門にやっていたかもしれません。それなら時間の余裕もできるし、楽だともいわれたのですが、卒業と同時に最も忙しい外科にいったんです。
 
忙中に何を求められたのですか。

鍋谷 艱難を超え自分を試したかったのです。でも、漢方も続けてはいて、外科に入局して5〜6年めごろに漢方の生薬でつくった薬でガン治療をやったことがあります。胃ガンの患者さんで、お腹を開いてはみたけど手遅れだったので、そのまま閉じた人がいたのです。
  ところが、普通なら余命いくばくもないはずなのに漢方を飲み続けて元気になられた。どういうわけかというので、教授の中山恒明先生に「鍋谷君、あれをやってみろ」といわれたのです。先生は、僕が東洋医学研究会のメンバーだったことをご存知でしたからね。
 その患者さんは、医療機器店の経営者で、聞いてみたらある漢方薬を飲んでいる、とおっしゃるんです。それは10種類ほどの生薬が入っていたのですがその中の藤瘤(とうりゅう)、訶子(かし)、菱実(ひしのみ)、ヨク苡仁(よくいにん)という4つの生薬を選び出して煎じて、腹水ガンのマウス(実験用のネズミ)に飲ませてみました。すると、実験した1000匹のうち25%が治ったんですね。そのほかにもたくさんのマウスの実験をくり返し、臨床にも使ってみました。
  これは抗ガン作用があるのではないかと考えて、生薬4種類の学名の頭文字を並べて「WTTC」と命名して、昭和33年ごろの日本癌学会に二度報告しました。一時は大変有名になって、あるメーカーが製剤化してずいぶん売れたようです。
  しかし、それだけでは完全にガンは治りません。僕のほうも本業の外科が猛烈に忙しくなったので、漢方とはだんだん縁遠くなりました。

当時中山恒明先生は「世界の中山」と謳われた消化器外科の名医で、その手術を見学するため海外からも多くの外科医が千葉にやってくると聞いたことがあります。

鍋谷 そうでした。その後、中山先生は東京女子医大に消化器病センターを開設して初代所長になられて、私は千葉大の助教授から杏林大学に教授として移りました。自分の思いどおりのことがやれる立場になったので、以前から考えていた漢方を外科に生かすということを始めたわけです。
  例えば、手術の後、5日も7日もガスが出ない人が1割ほどありますが、胃を切り取る手術をして、残りの胃と腸をつなぐとき、腸の中に扶正理気湯(ふせいりきとう)という漢方の煎じ薬を20cc入れると、術後のガスの出がよくなる。これはそのころ『中国医学』に排ガス困難症に対する漢方として載った論文を追試したものです。

ガスが出ないと腹が張る。ガスが出るのは腸の働きが回復した証拠なのですね。

鍋谷 そう。そんなふうに漢方を外科領域に取り入れることをやりだしたわけです。特に力を注いだのは、ガンの手術後の体力回復への応用で、これは今日、皆さんすぐ十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)といいますが、使用した患者さんと非使用の患者さん、それぞれ数十例を比べて、十全大補湯が全般的に成績がよいことを、僕が最初に発表しました。反面、人によっては十全大補湯が適さない例があることも明らかにしました。
  それから、術後、10%前後に黄疸などの肝機能障害が出るのです。それを予防するのに茵ちん蒿湯(いんちんこうとう)、小柴胡湯(しょうさいことう)など肝臓の機能をよくする薬を入れることもやって、これもかなり効果的なことを確かめて報告しました。

鍋谷先生ならではの外科と漢方の二刀流ですね。

鍋谷 とにかく漢方は応用範囲が広いから、外科領域への導入も着実に広まって、僕は、定年の前年には日本東洋医学会の学術総会の会長に推されました。そして定年になり、いくつかの病院から院長の誘いもあったのですが、藤平先生からここ(昌平クリニック)の院長を継いでくれといわれました。僕は学生時代、藤平先生のお宅に下宿していたこともあって、漢方の大先輩という以上の間柄でしたから、とても断れない(笑)。では、もう一度、漢方を深く突っ込んでやってみようかということで、ここに来たわけです。

なるほど。漢方と現代医学にはそれぞれ長所、短所があって、役割分担があるのだろうと思っていましたが、お話を伺うと、分担ではなく統合ですね。先生がなさってきたことは、現代医学の中に漢方を生かす、漢方に足りない面は、現代医学で補うということなんですね。

鍋谷 本来は渾然一体であるべきなんですよ。だがそうもいかないところがあるのは事実です。大昔は一体だったんです。『三国志』の関羽が腕を負傷して手術をするときは麻酔薬を飲ませています。

関羽にだれが?

鍋谷 華陀(かだ・後漢の「神医」と呼ばれた名医)です。華陀が麻酔薬の麻沸散(まふつさん)を飲ませて手術して関羽の肘が完治した。華陀は魏の曹操の侍医だったので、敵将を治したと、曹操の怒りをかって殺された。
  花岡青洲(世界で最初の全身麻酔手術を行った江戸後期の外科医)がつくった麻酔薬の通仙散(つうせんさん)は、麻沸散の変方です。彼は漢方を吉益東洞(江戸中期の漢方の大家)の長男南涯に学び、漢方もよく知っていました。
  だから本来は一体であるべきで、痛み止めも、外科医が漢方をやらなければほんとうはわからない。麻酔も内視鏡も、体の中のことが実際によくわかり、どこを切ればどうなるか、よく知っている外科の知識が生かされるとうまくいく。ただ内視鏡だけやっていたらだめなんです。そういう意味では渾然一体であるべきです。
  だけど役割分担があって、そうもいかないから、いいところだけをとってきて、少し足すというのもいいでしょう。本来は融合ですが、導入という形も今は一つの方法でしょうね。

現代医学に漢方を導入し、活用する。

鍋谷 医療は常に患者第一主義であるべきで、当然そうなります。医療の基本は、目の前の病に苦しむ人を治すということです。医者の役目はそれ以外にはない。それなのに、自分は現代医学だから漢方は認めないというのは、僕にいわせれば不勉強もはなはだしいし、漢方の人も漢方一点張りで現代医学が嫌だというのは、おごりですよ。いかに早く、いかに苦痛なく、いかに完全に治すかという「まず患者ありき」から医療は始まるべきなんです。その目的からすれば西洋も東洋もない。人間の医学があるだけです。

人間の医学は、臓器の障害だけに目を向けるのではなくて、人間の心と体をまるごと診る全人医学であるべきですね。

鍋谷 それは当然のことです。と同時に、個の医学でもあるのです。人の心も体も一人ひとり、みな違います。それを考えてやる医学が漢方であり、決して画一的なものではない。人それぞれの体質と症状に合わせたオーダーメード医療なのです。
  話を戻すと、僕がそういうことを最初に教わったのが昭和23年、医学部1年生のときだったのです。

今、「オーダーメード医療」は、ゲノム(全遺伝情報)をもとにした最先端医学のキーワードとして使われていますが、漢方は2000年前からですから、いわば元祖オーダーメイド医療。実際、現代医学がてこずっている難しい病気が、漢方で軽快している例が少なくないようですね。

鍋谷 それはお互いさまなんですよね。それをいうなら漢方で治せない病気を西洋医学で治しているほうがずっと多い。

外科手術などはそうですね。

鍋谷 手術以外にもずいぶん多い。しかし、西洋医学で治せないものが漢方でなんとかいくのもあります。
  漢方の人は、西洋医学で治せないのを漢方で治したといいたがる。しかし、もし現代の医療から西洋医学をなくしたら人は長生きできない。今日の長寿社会は実現していません。ですから、ほんとうに西洋医学を深く知っていたら、そんなことはいえないですよ。知らないからおごったような高言をするので、とんでもないことなんです、それは。それから、ほんとうに治らない病気は、どちらも治りません。ただ、中には西洋医学で治らなくても、漢方で治るものがないことはない。


潰瘍性大腸炎を治した鍋谷流の漢方処方とは

先生は難病とされている病気を漢方でよく治しておられます。

鍋谷 いや、今、難病と呼ばれているものは、国で指定されていますが、都道府県によって多少多いところもあり、東京都で認められているものは66。そのほかにもいくつかあります。その中で漢方が効くのはごくわずかです。

例えばどんな病気でしょうか。


鍋谷 一つは炎症性腸疾患の潰瘍性大腸炎、クローン病です。潰瘍性大腸炎は、白血球が1万以上になって(普通は約9000)、その中の顆粒球という、体の外から侵入した細菌を殺す白血球がふえすぎて、自分の腸の壁を食べてしまう。腸の壁が壊れて血液が流れ出るといったことが起こる。自己免疫疾患と呼ばれる病気です。これに対して僕が考えたのは、桃黄湯(とうおうとう)という処方です。

桃黄湯。どんな薬ですか。

鍋谷 『傷寒論』という漢方の古典に、「小陰病、下痢し、膿血を便する者は、桃花湯之を主る」とあります。この症状は、潰瘍性大腸炎に通じるところがあるので、桃花湯を使ってみたら、かなりよく効いた。そこでより効かせようと、血を止める黄土湯という薬を加えてみました。
  これは、『傷寒論』と並称される『金匱要略』に、「下血、先ず便し、後血あるは、此れ遠血なり。黄土湯之を主る」とある薬です。

桃花湯と黄土湯を合わせたから桃黄湯というわけですね。

鍋谷 黄土湯はそっくりそのまま加えるのではなく、症状によって中身を加減します。これで全例治るというのではありませんが、粘血便に対して同じような有効性を示す薬は、少ないのではないかと思っています。
  2001年1月より2002年9月まで、昌平クリニックを受診された潰瘍性大腸炎の患者さん92人に漢方治療を行い、そのうち63人(男性28人、女性35人)に桃黄湯を飲んでもらいました。
  効果の判定は、下痢・粘血便などの主症状が2週間から2ヵ月までに改善されたものを「著効」、6ヵ月までを「有効」として、両方合わせると80%以上になりました。しかし、よくなる人が多かった反面、非常に申し訳ないのですが、逆に悪くなった人もいます。

それは薬のせいで悪くなったということなのでしょうか。薬との因果関係があるんでしょうか。

鍋谷 わかりませんが、薬が強すぎて耐えられなかったということもあるし、薬を飲んだら症状が少し悪化したからとやめてしまうかたもいます。もうちょっと続けてほしいと思うのですが、今まで血が出たのが5、6回だったのが10回になったからもう嫌だ、と。

それは瞑眩(漢方薬の効果が現れる前兆として症状がやや悪化する現象。好転反応)とかいうものとは違うのですか。

鍋谷 瞑眩だったかもしれないが、そうではなかったのかもしれない。それを確かめる間もなくやめてしまわれる。いずれにせよ、決して全部が治るわけではない。

治る人と、治らない人の違いはなんでしょうか。

鍋谷 治る人は体の免疫力が高められたのではないかと考えています。潰瘍性大腸炎という病気は、ほんとうの原因はわかっていないのですが、体の免疫機能に異常が生じて起こるのであろうといわれています。
  一方、悪化した人は、一般的にステロイド薬をたくさん飲んでいた人に多いようです。体力が弱って、赤ら顔になって、ステロイド薬による副作用の出ているところにこの薬(桃黄湯)を飲むと逆効果が起こるのかもしれません。が、確かなことはわかりません。

ステロイドは免疫機能を低下させるといわれていますね。

鍋谷 しかし、私もステロイド薬を併用することもあります。併用しないほうが漢方の効果を上げるのにはよいのですが、漢方薬だけではどうしてもコントロールできないときは、少しプレドニゾロンなどを使いながらやっていくこともあります(右の図参照)。絶対に西洋薬とはいっしょには使わないということではありません。使わないとかえって悪化することがあるし、急にやめると副作用が出ることがあるんです。
  その辺の対応はなかなか難しい。難しいのですが、特に下痢をして粘血便が出ているときには、桃黄湯が効くことが多い。この桃黄湯という処方は、まだ一般には広まっていません。日本東洋医学会で3年間ずっと発表しているのでそのうちにもう少し認められるようになるでしょう。

図は、潰瘍性大腸炎(42歳・女性)の症例を表したもの。2001年1月
から血便があり、プレドニゾロン、サラゾピリンなど投与を受けたが、
一進一退。2002年8月より昌平クリニックへ通院し、桃黄湯と啓脾湯を
飲み始めた結果、2ヵ月でほぼ改善し、5ヵ月で正常便に回復している
  約1年間、この薬を飲んですっかりよくなったある高齢の女性は、最初に受診した病院の医師とも話し合いをして、向こうの医師もこれを飲んでいると承知していたので、検査の成績を毎回、きちんと送ってくれて、うまく連携がとれていました。しかし、なかには医師に怒られるので、漢方薬を飲んでいることは秘密にしているという患者さんもおられます。

医師の約7割は漢方薬を治療に用いている(『日経メディカル』2003年調べ)といわれる時代に、まだそんな先生がおられるのですね。もう1つのクローン病も同じ処方ですか。

鍋谷 治潰瘍性大腸炎とクローン病は、まとめて炎症性腸疾患と呼ばれますが、症状は全然違います。潰瘍性大腸炎は大腸全体が幅広くやられる。クローン病は小腸が主なのですが、ときに大腸もやられて、ところどころ深い潰瘍ができる。クローン病で血便が出る人には桃黄湯を用いることがありますが、出血はなく、腹痛があって下痢便の回数が多い場合は別の薬になります。


漢方で網膜色素変性症が軽快した多数の症例

あと一つ、治療成績のいい病気について教えてください。

鍋谷 いろいろあるけど、一つ挙げるとすれば、網膜色素変性症でしょうか。これは、目の網膜が冒され、だんだん視力が低下し、視野が狭くなる病気です。

宮尾登美子さんの小説『蔵』のヒロイン、烈が患った病気ですね。

鍋谷 この病気の約50%には遺伝素因が関係しているといわれますが、遺伝性の認められない人も少なくない。目の奥の、カメラでいえばフィルムに当たる網膜に色素がにじみ出て変性してくるタイプと、色素はにじみ出ないで(無色素性)、血管だけが細くなる非定型的網膜色素変性症というものがあります。

原因はなんですか?

鍋谷 原因はまだ解明されていないのですが、子供の頃から夜盲症(鳥目)だったり、色盲だったりする患者さんがけっこう多いようです。小学生のころから薬を飲んでいるかたもいます。

進行すると失明は避けられない。

鍋谷 昔は失明する病気といわれていたのですが、今は失明率はそれほど高くないことがわかっています。進行が緩やかで、日常生活に不自由のない視機能をずっと保っている人もたくさんいます。

どんな治療が行われるのでしょう。

鍋谷 原因がわかっていないといいましたが、一つの考えとしては、目の奥の血流が関係しているのではないか、血流が悪くなるために網膜に色素が出てきたりするのではないか、といわれています。
  で、現代医学のほうでも血管拡張剤とか血流をよくするアダプチノールなどを治療に用いています。が、効果はいま一つはっきりしないんですね。

漢方ではいかがですか。

鍋谷 この病気の患者さんのお腹を漢方的に診察すると、へその周囲や下腹部にしこりのような抵抗があるお血(おけつ)症状が非常に強い。お血というのは血液がうっ滞した状態をいう漢方の用語です。
  そして、胸脇苦満といって、みぞおちからわき腹にかけての肋骨の下(季肋部)に抵抗感のある症状を示す人が多い。で、そういった証(漢方診断のものさし)に対して用いられる柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)、あるいは柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)というような薬を差し上げると、目の症状が改善される例がとても多いのです。

例えばどんな症例がありますか?

鍋谷 5歳ごろから見えにくくなったという36歳の男性で、最初に診た平成9年には、視野検査の感度が15度ぐらいしかなかった(普通の人は60度)。それがだんだん広がって、現在は20度くらいになり、眼底写真を見ると、血行がよくなって色素は全くふえてない。
  視力も最初は左右とも0.5だったのが、左が1.0で右が0.7というように明らかによくなっています。もう8年になりますから今44歳です。

ずっと同じ薬を?

鍋谷 全く同じ薬ではありません。冬、寒くなると、この人は冷え症なものですから、柴胡桂枝湯柴胡桂枝乾姜湯に替えたりします。
  桂枝茯苓丸
(けいしぶくりょうがん)という薬も使っていますが、ちょっとカゼをひいたようなときには、麦門冬湯(ばくもんどうとう)にしたり、アトピーのようなところもあるので、消風散(しょうふうさん)を使ったりします。しかし、主体は柴胡桂枝湯、あるいは柴胡桂枝乾姜湯桂枝茯苓丸です。
 
すべて煎じ薬ですか。

鍋谷 いえ、これは粉薬、エキスです。若いかたはエキスのほうが楽だというんですね。お年寄りでは煎じ薬の人もいます。
  もう一例挙げると、平成10年に来院された22歳の女性で、当時は女子大生でした。このかたのお母さんも網膜色素変性症で、ご本人は18歳のときに網膜色素変性症と診断された。診察すると、やはり胸脇苦満とお血があるので、柴胡桂枝湯苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、桂枝茯苓丸、3種類の薬を差し上げました。
  最初は煎じ薬でしたが粉薬がいいということで現在はエキス剤です。治療を始めて1〜2年はこれといった変化は見られず、よくも悪くもなっていない。眼底写真の所見はやや進行しているようにも見えます。
  しかし、とても熱心にきちんと服薬してくれまして、平成13年には視野が少し広がってきました。平成15年にはさらに広くなっています。普通は進行するとされているのですが、少なくとも進行はストップしています。視力は、初診からずっと左右とも1.2で変わっていません。
  視力というのは、瞳の真ん中で見るので、真ん中が見えている人はそんなに落ちません。視野は半分かけていても、視力は正常といった例は、網膜色素変性症ばかりでなく、緑内障などでもよく見られます。

では、今は全く普通に生活していらっしゃる。

鍋谷 日常的にはほとんど不便を感じない状態です。このかたは平成13年に結婚をされて、赤ちゃんができたんですね。胎児への薬の影響はどうかと聞かれましたので、大丈夫ですよと答えて、平成14年6月に出産をしています。
  一つの心配は、お母さんから自分に遺伝したので、自分から子供へどうだろうかということでした。僕は、その可能性は否定できないが、きちんと対応すればあなたと同じようにいくはずだから、そのために子供をもうけないというのは賛成しないということで、出産を勧めました。

母も娘も強く生きてきたのだから、孫だって大丈夫ですよね。

鍋谷 これで絶対に治るとはいえませんけど、何百人も診ていて、残念ながら失明されたかたも2、3人はありますが、それは例外なくあまりにもひどくなってから来られたかたでした。概していえば、50〜60%の人は進行が止まり、来院時の状態を維持しています。
  5%の人は、むしろよくなっていて、視野も視力も改善されています。あとの約40%の人は徐々に進行している感じはありますが、寿命を全うするまではなんとか不便を感じないでいけるのではと思います。

そうやって長年通院していると、漢方の場合、患部だけではなく全身状態も診てもらえるという利点もあるわけですね。

鍋谷 そうですね。案外病気しなくなったという人が多いですよ。カゼをひかなくなったとか。

まだまだ教えていただきたいことは尽きませんが・・・・・。ありがとうございました。


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